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広島高等裁判所松江支部 昭和30年(う)14号 判決

控訴人 原審検察官 今池喜代美

被告人 安倍廸男

弁護人 油木巖

検察官 西向井忠実

主文

原判決を破棄する。

被告人を懲役三年に処する。

但しこの判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予する。

押収にかかる偽造日本銀行券一一枚(原審領置番号三乃至一〇但し一端欠損の一枚を除く)はこれを没収する。

理由

検察官の本件控訴趣意は記録編綴の控訴趣意書記載のとおりであるからここにこれを引用する。

これに対する当裁判所の判断は左のとおりである。

論旨第一点について

日本銀行法第二九条は「日本銀行ハ銀行券ヲ発行ス前項ノ銀行券ハ公私一切ノ取引ニ無制限ニ通用ス」と定めていて、日本銀行券が刑法第一四八条第一項に所謂通用の銀行券であること即ち強制通用力を有することを明かにし、更に日本銀行法第三三条は「銀行券ノ種類及様式ハ主務大臣之ヲ定ム主務大臣前項ノ種類及様式ヲ定メタルトキハ之ヲ公示ス」と定め右規定に基き昭和二四年一二月二八日大蔵省告示第一〇四八号が昭和二五年一月七日から発行される日本銀行券千円の様式を定めている外その他の日本銀行券についてもそれぞれ大蔵省告示によつてその様式が一定されている。而して日本銀行券千円について右告示は寸法を縦七六ミリメートル横一六四ミリメートルと定め、すき入の文字及模様、表裏の輪廓文字肖像風景地模様印章記号及び番号につき厳格な規格を定める外その他の日本銀行券についてもそれぞれ同様の厳格な様式規格が定められている。さすれば貨幣経済の下において貨幣制度が果している役割の重要性にかんがみるとき日本銀行券の外観を存しているものであつても右それぞれの告示の定める様式規格に合致しないものは強制通用力を失い即ち真正の日本銀行券としての効力がないものと解するのが正当である。

原審は通用力ある真正の銀行券にその効力に変動を来たさない程度において形状その他外観上の変化を惹起せしめても通貨偽造とならないから日本銀行券千円券の縦八分の一に相当する面積部分を切断してその部分を取り除き残り両端部分を貼り合わせたものはなお通用力ある銀行券に外ならず従つて右切断、貼合の所為は通貨偽造罪を構成しないものと解し損傷日本銀行券引換規程によつても右の趣旨が窺われる旨判示している。しかしながら通用の日本銀行券と称し得るがためには前記のとおり法定の様式規格を存するものでなければならず。従つて銀行券の縦八分の一を取り除き両端の残存部分を貼り合わせたものは右様式に合致しないことが明かであるから強制通用力を欠き有効たる日本銀行券に当らないものといわなければならない。

日常の生活において銀行券の一部が毀損し法定の様式に合致しないものを支払手段として授受して怪しまないのは損傷日本銀行券引換規程によつて当事者間に不測の損害を生ずる虞がないためであると解せられるのであつて損傷銀行券といえども真正の銀行券として強制通用力があるがためではない。なお損傷日本銀行券引換規程によれば日本銀行は損傷日本銀行券を一定の条件の下に他の通貨と引換えるべき旨を定めているが損傷銀行券が他の通貨と引換えられるか否かは銀行券の損傷が銀行券の偽造又は変造となるか否かとは別個の問題であつて損傷銀行券が通貨と引換えられるが故に銀行券の損傷がその偽造又は変造にならないと論断することは許されない。

これを要するに行使の目的を以て真正の銀行券の中間の一部を縦に切除し残余の両端の部分を継ぎ合わせ一見完全なる一枚の銀行券の如き観を呈するものを作出する行為は右のものが損傷日本銀行券引換規程により引換可能であつても銀行券偽造罪に該当するものと解すべきであるが被告人は真正の日本銀行券千円券の中八分の一に該る縦の部分を故意に切除し残余の左右部分を継ぎ合わせて新たに通用の千円券類似のものを作出したと謂うのであるから被告人の右所為は正に銀行券の偽造に他ならない。

右の点において原審判決は法律の解釈適用の誤があり、その誤が判決に影響を及ぼすことが明白であるからその余の論旨に対する判断はすべてこれを省略し刑事訴訟法第三九七条第一項第三八〇条により原判決を破棄し原裁判所において取り調べた証拠によつて直ちに判決することができるものと認められるので同法第四〇〇条但し書に従い更に当裁判所において次のとおり判決する。

(罪となるべき事実)

被告人は金銭に窮した結果通用の銀行券を偽造して行使しようと企て

第一、昭和二九年八月三日頃西伯郡境港町境郵便局内外務員室及び同町福定町四五七番地の自宅表八畳の間において行使の目的を以て真正の日本銀行券千円券十五枚を使用し擅に(第一)その内八枚については各異なる部分を縦に八分の一宛を切り取り(一)その切り取つた八分の一の部分八枚は之を真正の日本銀行券の紋様に従い紙と糊を用い裏打ちして貼り合わせ、一見完全なる如き外観を呈する千円券一枚を作出し(二)右の各八分の一を切り除いた残余部分十四片は右端及び左端を切取つた各一枚分を除きその余の十二片を用い各元の千円券の内切り残りの両端を紙及び糊を用い裏打ちして貼り合わせて一見完全なる如き外観を呈する日本銀行券千円券六枚を作り上げ(第二)残りの千円券七枚については前同様八分の一宛切り取り紙と糊を用い裏打ちして貼り合わせる方法により(一)切り取つた八分の一宛七片を連続して貼り合わせ右端八分の一の連続を欠除するもの一枚(二)及び左端を切り取つた一枚を除き各元の千円券の内切り残りの両端を貼り合わせたもの六枚を作り上げ以て合計十四枚の日本銀行券千円券の偽造を遂げ(別紙図面参照)

第二、同月四日頃前記境郵便局において同郵便局外務主事遠藤利に対し集金代金の支払として右偽造にかかる日本銀行券千円券一枚を真正のものとして手渡して行使した外別紙一覧表記載のとおり前後十三回に亘り坂本定雄外十二名に対し代金支払又は両替として前記偽造にかかる日本銀行券十三枚を真正のものとして手渡して行使し

たものである。

(証拠の標目)

偽造及び切断した千円札一二枚(原審領置番号三乃至一〇)

安藤義光の検察官に対する供述調書

坂本定雄、柳田一子、遠藤富子、渡辺吉太郎、藪内チエノ、榧野よし、坪田竹雄、内藤隆之、金坂公子、三島虎次郎、松本紀世子、安丸郁子、福光ゆり子、中島操、遠藤利の司法警察員に対する各供述調書

巡査部長中原律作成の捜査報告書

被告人の検察官に対する供述調書(第一、二回)

被告人の原審公判廷における供述

(法令の適用)

法律に照らすと被告人の所為中第一の通貨偽造の点は刑法第一四八条第一項に第二の偽造通貨行使の点はいずれも同条第二項第一号に該当するところ両者の間には手段結果の関係があり第一の偽造は包括一罪をなすものと解せられるので同法第五四条第一項後段第一〇条により犯情の重い遠藤利に対する偽造通貨行使罪の刑に従い所定刑中有期懲役刑を選択してその刑期範囲内において被告人を懲役三年に処し、情状により同法第二五条を適用してこの判決確定の日から四年間右刑の執行を猶予し押収にかかる偽造日本銀行券千円券十一枚(原審領置番号三乃至一〇)は本件偽造行為より生じたものであつてその性質上何人の所有をも許さないものであるから同法第一九条によりこれを没収することとし当審訴訟費用は刑事訴訟法第一八一条第一項但し書により被告人に負担させないこととする。

よつて主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 岡田建治 裁判官 組原政男 裁判官 黒川四海)

(別紙図面)

第一の偽造銀行券七枚(数字は同一銀行券の一部であることを示す) 表〈省略〉

第二の偽造銀行券七枚 表〈省略〉

(犯罪一覧表は省略する。)

検察官の控訴趣意

原判決は第一、判決に影響を及ぼすこと明らかである事実の誤認乃至は法令の解釈適用の誤があり、第二、審判の請求を受けた事件について判決をせず、更に第三、量刑不当の違法がある。

原判決はその理由において、本件公訴事実中、被告人が昭和二十九年八月三日頃判示第一の八分の一宛切り取つた千円券八枚の内右端及び左端を切り取つた各一枚を除き残りの中央を切り取つた六枚について切り残りの両端を貼り合せて同券を偽造し、更に八分の一宛切り取つた千円券七枚の内右端を切り取つた一枚を除き残りの両端を貼り合せ同券六枚を偽造し、同年同月上旬頃右偽造に係る千円券十二枚を佐々木哲造外十一名に行使したとの点について考察するに元来刑法上通用の銀行券偽造とは銀行券発行の権限のない者が、流通におく目的で通用している銀行券の外観を具えた物を新に作成することを言うのであるから、通用力ある真正の銀行券にその効力に変動を来さない程度において形状その他外観上の変化を惹起せしめたところで、これを以て通貨を偽造したものとなし得ないこと勿論である、とし、被告人の右所為は検察官提出の証拠により明らかであるが、切断前の各千円券は既に正規に発行せられて現に通用力あるものであり、右被告人の所為はこれに多少の外観上の変化をもたらしたけれども、その効力に変動を生ぜしめたものではないから、その所為を目して銀行券を一旦破毀失効せしめて別個の銀行券を偽造したものと断ずるのは相当でないとして、右趣旨は損傷日本銀行券引換規程第一条の規定によつても之を窺い知ることが出来るとし、本件公訴事実中千円券の枚数を増加し偽造行使するため同券の各異る縦八分の一に相当する面積部分を切断し、その部分を取除き両端を貼り合せて千円券十二枚を偽造行使した公訴事実の大部分を罪とならないものとし、懲役二年の求刑に対し懲役二年(三年間執行猶予)の言渡をしたのである。

第一点判決に影響を及ぼすこと明らかである事実の誤認乃至は法令の解釈適用を誤つた違法がある。

前記原判決の無罪とした理由を観るに、要するに、外観上多少の変化を生じただけで、真正な同額の銀行券と引換えられるのであり従つて通用力に変動はないから銀行券の偽造に当らず、又偽造通貨行使にも当らないというに帰着する。

仍つて先づ通用力の点について観るに、日本銀行法第二十九条に依れば、日本銀行券は公私一切の取引に無制限に通用するものとせられているが、同銀行券の様式は同法第三十三条の規定に基き大蔵大臣がこれを定めて公示することになつており、現行日本銀行券千円券については、昭和二十四年大蔵省告示第千四十八号がその寸法、用紙、表裏の模様等詳細に規定するように厳格な様式証券であり、日本銀行法第二十九条による強制通用力を持つ千円券は右様式を具備したものに限られるのである。又貨幣法第十三条所定の趣旨に徴するも銀行券を故意に毀傷せる本件においては通貨たるの効力なきものというべきである。而して被告人は原判決の認むる如く、本件十二枚の千円券については、各異る部分の縦八分の一の面積部分を取り去り集め貼り合せ千円券を偽造すると共に、残りの両端を貼り合せ千円券を偽造する目的の下に、正規の千円券を三分割したもので、此の場合、本件各十二枚の千円券はその規定の様式を完全に喪失し、強制通用力を喪失したこと詢に明らかである。而して被告人が切断後千円券の中央八分の一を取り去り残りの両端を貼り合せ本件十二枚の千円券類似のものを作成したとするも、一旦喪失した千円券の強制通用力が回復する理由はないのである。故に被告人と相手方との間に両替又は対価支払のため授受が行われたとしても、真正な銀行券でない前記銀行券類似のものを真正な銀行券即ち強制通用力ある銀行券と誤信して受領したに過ぎず、若し前記の如き事情を知つていたならばその受領を拒否したであろうことは、特別の事由のない限り当然推定し得る事象である、本件における佐々木哲造等各受領者の検察官又は司法警察員に対する供述調書にその旨の記載あるに俟つまでもない。

次に原判決援用の損傷日本銀行券引換規程は強制通用力の有無とは関係のない規定であり、銀行券の性質上流通の過程において損傷を生ずることは避け得ないのであるが、上述の如く銀行券は厳格な様式証券であるので、通貨制度の趣旨に反せざる限りその善意の所持者に不測の損害を加えることを防ぎ、一面銀行券の信用を保持し通貨制度の目的に副わしめんとする所以のものであり、原則として所定の様式を欠除するに至り強制通用力を喪失し、或は所定の様式は未だ具備するも事実上通用し難きに至つたものを、日本銀行が法の命ずる発券債務に依り引換える規定で、決して本件の如く、悪意を以つて作為せる場合までも引換を認められたものではなく、専ら善意の第三者を保護し且つ取引上信用を確保せんとする通貨政策上制定せられたものであるに過ぎず、日本銀行に対する引換請求権があるとしても直ちに通用力ありとはなし難いのである。右は昭和二十三年法律第十三号通用を禁じたる場合貨幣、紙幣の引換に関する件が、通用を廃止した紙幣を五年間引換える旨規定している趣旨に照してもこれを窺知するに難くはないのである。

而して原判決は、本件切断後両端を貼り合せた千円券十二枚も、いわゆる損傷ない銀行券と引換えを受けられるように解していると思われるが、そこにも誤がある。実は損傷日本銀行券引換規程に依り日本銀行に対する引換請求権を有するものでもなく、日本銀行はこれを拒否し得るものである。即ち日本銀行法第三十五条は、日本銀行は主務大臣の定むるところに依り本店、支店又は出張所に於て染汚、毀損その他の事由に因り通用し難き銀行券を無手数料にて引換うべき旨規定し、原判決援用の損傷日本銀行券引換規程に詳細の規定を定めているが、右は銀行券の流通の過程において染汚毀損等を生じたものを引換うる為の規定であり、本件の如く正規の銀行券を利用しその枚数を増加せんとする、即ち言い換えると通貨制度に不測の悪影響を及ぼす如き、正規の銀行券を細断し貼り合せた千円券を正規のものと引換える義務のないことは明白である。故意に切断し強制通用力を喪失せしめたものは自己の権利を抛棄したものと認むべく本規程により引換うるべきものではない。これ貨幣につき貨幣法第十三条が、「貨幣にして模様の認め難きもの又は私に極印をなし其の他故意に毀傷せりと認むるものは貨幣たるの効用なきものとす」とあるに依りてもこれを窺い知ることが出来るのである。

以上の如く本件偽造千円券十二枚は、千円券の枚数増加の意思の下に細断した際既に強制通用力並に事実上の通用力を喪失し、通貨たるの効力のなくなつたものであり、両端を貼り合せた後の日本銀行券に類似の十二枚もまた通貨の効力なく、右貼り合せ行為により通貨として何等の効力を回復していないものである。叙上理由により前記被告人の所為は正に通貨偽造・偽造通貨行使の罪を構成するものであるに拘らず原判決が銀行券を細断後も単に外観上多少の変化を惹起せしめたに過ぎずその効力に変動なしと断定したことは、通貨偽造・偽造通貨行使の罪の成否を判断する基本事実である銀行券の効力等につき、日本銀行法第二十九条第三十三条第三十五条及び損傷日本銀行券引換規程等の解釈を誤り延いては刑法第百四十八条の適用を誤つたか、又は罪となる事実を誤認し、その誤が判決に影響を及ぼしたことは明らかであるから原判決は先づこの点において破棄さるべきである。

第二点審判の請求を受けた事件について判決をしていない違法がある。

原判決が公訴事実の一部に対し無罪と認定したことの誤であり、いずれも有罪たるべきものであることについては既に第一点において詳記せるところであるが、無罪と認定せる罪のうち、被告人製作に係る千円券の十二回に亘る行使の訴因については尚判決されたとはいえない。即ち訴因第二に対し判決をしていない違法がある。抑々偽造通貨行使罪はその罪質自体、偽造通貨を真正なもののように装つて情を知らぬ相手方に交付する場合、対価支払の手段として為されるならばそこに成立するであろう詐欺罪を当然包含するものであることは判例学説の是認するところである。しからば偽造通貨行使の罪として起訴審判を求められた場合、偽造通貨に当らずと認定しその物の行使が財物を得その他財産上の利得に係るならば、単に偽造通貨行使罪の成否のみならず更に財物等の領得の点につき詐欺罪が成立するかどうかを判断し、若しその成立を認定せられるならばこの点において有罪の言渡をなすべきである。飜つてこの点につき本件についてみると、佐々木哲造外十一名の検察官又は司法警察員に対する各供述により明らかな如く、同人等はいずれも真正な銀行券千円と誤信し両替又は商品の代金等として受領せるもので、被告人が前記の如く不法目的で新に作出した千円券であると知るならば両替又は商品代金等として受領しなかつたであろう(検察官又は司法警察員に対する佐々木哲造記録三三丁、柳田一子記録三七丁乃至三九丁、遠藤富子記録四三丁乃至四五丁、渡辺吉太郎記録四八丁乃至四九丁、藪内チエノ記録五三丁乃至五六丁、坪田竹雄記録六五丁乃至六六丁、内藤隆之記録六九丁乃至七一丁、金坂公子記録七五丁乃至七七丁、松本紀世子記録八八丁乃至九〇丁、福光ゆり子記録一〇二丁乃至一〇三丁、中島操記録一〇七丁乃至一〇九丁、遠藤利記録一一八丁の各供述記載)から、偽造通貨行使に当らぬとしても少くとも詐欺罪の成立を認められるべきものと思う。尤も原審において検察官もこの点につき明らかに意見を表示しなかつたのは偽造通貨行使罪の成立を信じていたためにせよ公訴維持において十分職責を尽さなかつた憾はあり、それが原判決を誤らしめたことにもなると思はれるのであるが、法秩序の適正な維持のため、偽造通貨行使罪の成立を認め得られないとする原判決では少くとも詐欺罪を認むべきであるのに、これを欠いでいるのであるから、審判を受けた事件について判決をしない場合に該当するといわざるを得ず、しかもその違法は判決に影響を及ぼすこと極めて明白である。から原判決はこの点においても破棄は免れない。

(その他の控訴趣意は省略する。)

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